河内国喜志村覚書帖

大阪の南部にある南河内の歴史と河内俄の紹介です

歴史23 / 八幡太郎は恐ろしや①――血で血を争う源氏

 10月の上旬から秋祭りにかけての二週間ほどが、稲刈りの盛期だった。
 稲刈機のない時代はもちろん手刈りで、三反ほどの田を刈るのに家族総出でまる二日はかかった。朝早くから全員で田の半分ほどを刈り、稲が乾いた昼からは、ダテ脚を組んで稲をかけていく。
 昼の3時ぐらいになると二反ほどの田の稲刈りもおおよそ終わり、私と兄は「雀オドシ」のための赤白のテープや布をわたされて、ダテに張っていく。

 夕方近くになってようやく一段落し、皆が畦(あぜ)に座って休憩していると、あぜ道のむこうから春やんがぶらりぶらりと歩いて来た。両親と一言ふた言話をして、大きな声でガハハと笑うと、私たちの方へ歩いてきた。
 「えらいまたハデにつくったな」と春やんが話しかけてきた。兄と私が、有りったけの赤白のテープと布で作った雀オドシのことだった。なにしろ案山子にまで赤白の旗を持たせたものだから。
 「こりゃ、源平の戦(いくさ)さながらやで!
 そう言って春やんは、さっきのように大きな声でガハハと笑った。
 うっすらと茜色をしだした西陽を背にして立った春やんが、私たちを見下ろして言った。
 「千年ほど昔は、このあたりにも、こないしてようさんの赤白の旗が立ってんやろなあ
 そして、東の通法寺の方を指さして春やんが話し出した。

 

 あそこの通法寺は、鎌倉幕府の基礎となった村や。あの村を本拠地にしてたのが源義家(みなもとのよしいえ)。京都の石清水八幡宮で生まれたんで八幡太郎(はちまんたろう)義家とも言うんやが、この義家から数えて四代目が鎌倉幕府の初代将軍の源頼朝や! 

 八幡太郎というのは、なかなかの強者(つわもの)で、昔、東北で安倍なにがしというオッサンが、税金も払わずに我が物顔で暴れとった。怒った天皇さんが、八幡太郎義家親父の頼義とに命じて、退治しに行かせた。 
 ところが、この安倍のオッサンはなかなか手ごわい。隣の村にいた清原というニイチャンを味方につけて、九年目にして、ようやく退治できた!

 ところがどっこい、それから二十年後、今度は清原のニイチャンが、一人だけええかっこしだしよったもんやさかいに、親戚が怒って内輪もめが起こった。
 こんなもん放っとけばよかったんやが、八幡太郎義家、乗りかかった舟で、やめとけという天皇さんの言うことを無視して、内輪もめを治めに行った。これがまた三年かかった。この二つの戦いをまとめて「前九年・後三年の役」というんや。
 12年もかけて勇敢に戦ったもんやさかいに、日本全国で義家の人気はえらいあがった。まあ今で言うジュリーみたいなもんやなあ。『梁塵秘抄(りょうじんひしょ)』という本の中には「八幡太郎は恐ろしや」と書かれてる。

※二代歌川広重名古屋市博物館収蔵品データベース」より

 しかしなあ、おまえらが今日作ったダテ(稲を掛けて乾かす所)と一緒や。よう見てみい。去年は高さがバラバラあったが、今年は良うそろってる。逆に、一本でもはみだしたダテ脚(ダテを作る杭)があると、オトンがカケヤ(木でできた槌)で打ち込むやろ! あれと一緒や! みっともないことさらすなと文句を言う奴がどこにでもいる。
 義家は天皇さんから東北の支配を任されると思うてたんやが、その権利が藤原秀衡(ひでひら)というオッサンに行ってしもうた。後に平泉の金色堂を建てた奴や。
 義家が力を見せすぎたために、天皇さんから恐れられたんやろなあ。
 「出る杭は打たれる」ということや。

 八幡太郎義家は頭にきたけれど、じっとしんぼうして、通法寺の領地は弟にまかせて、京の都で天皇さんの警護をして一言も文句を言わんかった。「じっとがまんの子」あったんや
 ところがどっこい、またどっこいや。義家が都にいる間に、通法寺では弟の義綱ブイブイとえらそうにしてたんや! 
 当時の南河内というのは普通やない。と、言うのは、源氏は源氏でもさまざまな源氏があったんや
 奈良時代嵯峨天皇というのは、子供が五十人いたという。そのうちの一人に天皇を譲って、後の男子には「源」という名字を授けて天皇の家来にしてしまう。これが以後の天皇にも受け継がれ、天皇を引き継げなかった子供はみんな「源氏」の姓をもらう。

 ええか、源氏という名であれば仲間と思うたらあかんで。「血を血で争う」という言葉があるが、それは、この源氏の争いの冷血さから出た言葉や。喜志の近くでも三つの源氏がいて、八幡太郎義家の「河内源氏」、東坂田の「坂戸源氏」、錦織から南の「長野源氏」、これが互いに利権を争そう、これが源平の戦いの始まりや。 

※『河内名所図会』通法寺(国立国会図書館デジタル)

 春やんは、北のあぜ道へ歩いて行って、通法寺の方に向かって、「うへへぇーん」と咳払いをし、「おほっほほほ」と息を吐き、小便をこいた。
 夕焼け小焼けの夕日を浴びて、春やんの小便が大きな円弧を描いて、虹のように茜色に輝きながら、刈り取られたばかりの田の土の中に吸い込まれていった。